よくやったよ

 

 

「あれ お米はできたの?」

 

 

いつも白いわんちゃんと散歩している近所のこやまさんが思い出したように聞いてくれました

 

彼女も畑でいろいろなものをつくっていて

きゅうりやナスなど夏野菜を

「いる?ある?ないならあげる」

と毎年気軽にわけてくれます

 

きっとこやまさんが美味しいのくれるから きゅうりとナスは育てなくていいや

ほとんどつくらず喜んでもらうようにしていました

 

 

 

「うん そうそうお米ね できましたよ」

 

「一年分とかできたの?」

 

「うん 一年分できたの 2人家族には多すぎるくらいできて少しだけ売りましたよ」

 

「たいしたもんだねぇ そこでつくってたもんねぇ よくやったよ」

 

 

と目の前を指さして

稲の苗を畑でつくっていた景色をふたりで

「そうだったそうだった」と思いだしました

 

誉めてほしくてやっているわけではないけれど

思いがけず よくやったよ、と
ことばをかけてもらえると
なんだか子供にかえったようにうれしくなります

 

 

そういえば越してきて

家から出た大量のゴミを分別し捨てる日々から

片付けがひと段落して畑をしていたあるときに

わんちゃんと通りかかったこやまさんが畑まで降りてきてくれました

 

 

「なーに つくってるの?」

 

 

畑を見ながら聞いてくれて ふんふんと頷いたり 種を蒔けばなんでもなるよ、と言ったり

畑のはなしをして

 

「たのしみだねぇ がんばってるね」

 

と去っていったときも

労いの思いを感じました

 

 

ほんとによく見守ってくれていて

少しがんばってみると近すぎない距離感でことばをかけてくれます

 

 

冬にはいつもお隣さんがネギと大根をわけてくれるので

それも育てないでおいて ありがたく受け取っています

 

 

追いつかない草刈りも含めて見てくれていて

もちろん怒るのではなく

 

「毎朝15分草刈りするといいよ」

 

とか

 

「このバカ(くっつき虫とかセンダングサのこと)だけでもとって燃すんだよ」

 

とか知恵をわけてくれます

でもすぐに全部なんてできないよ、と許してくれるご近所さんに甘えてしまうのですが

あぁわたしもいつか

みなさんみたいに畑や庭をきれいにできるようになりたいと思っています

 

 

3年住み

ただひたすらに生きて

この集落でみえたたくさんの景色が

湧き起こるようにあふれてきます

 

 

今日も朝焼けがきれい

ラングワートが咲きはじめた

小さな蓬もでてきた

羽化した虫が飛んでいる

みんな畔を燃しはじめた

山が淡く霞んでいる

 

 

家の中に入ったトンボを猫が悦んで捕まえている

 

 

春の景色が日に日にふえています